陽明学の思想

陽明学という言葉を聞く事自体が少なくなっています。

しかし陽明学は、日本人の心の根幹に根付く「武士道」基礎を作った学問とも言えます

今回はその陽明学を生み出した「王陽明」と陽明学の基礎的な部分を解説していきます。

王陽明の生い立ち

名前は守仁で、西暦1472年に生まれ1528年に死去したとされています。

明王朝の半ばの時代は政治的に混迷の時代であり、彼が思想形成を行った頃は朱子学が全盛を極めていました。

陽明が朱子学に疑問を抱いた点は、後で仮説しますが「格物致知」の説についてです。

この疑問が拭いきれず、陽明は一時期儒学を捨てて五つの事に溺れていきました。

これを王陽明の「五溺」と呼びます。

五溺の第一は「 任侠」で、これは弱きを助け強きをくじく男伊達の世界観です。

第二は「騎射」=馬に乗って弓を射ることで、軍人としての生活に憧れました。

第三は「辞章」=これは文学のことを指します。

第四は「神仙」=不老長寿を追求する神仙の世界観です。

第五が「仏教」です。

しかし35歳の時に時の実権者であった劉瑾に対する反対運動に参加して投獄されることになります。

その地での過酷な生活の中で37歳の時に「心即理」の真理を悟るに至りました。(龍場の大悟

学問だけではなく陽明は45歳から50歳にかけてほとんど毎年のように反乱の鎮圧を命じられことごとくそれを成功させています。

さらに王陽明には軍事的功績として三つの大きな功績があります。

  1. 江西・福建省における農民反乱の鎮圧
  2. 寧王の乱鎮圧
  3. 広西省の農民反乱鎮圧

これは「三征」と呼ばれ、後世に語り継がれていきます。

このように陽明は亡くなる最後まで、本人の意に関わらず政争に駆り出されました。

そして派遣先から父親の喪に服するために、政府の許可を待たずに帰郷している途中、57歳で絶命しました。

王陽明の最後の言葉は「この心は光明なり」でした。

陽明学は「何よりも実践を重んじる実学である」そのことを王陽明は身をもって実証してみせたのでした。

さらに王陽明は軍司令官として忙しい日々を送りながらも、その間に自らの思想をより進化させていったのです。

陽明学はそういう実践の場で形成されたものであることを忘れてはいけません。

王陽明の逸話

陽明が13歳の時の話です。

彼の母親は亡くなっていたために、陽明は父親の妾と生活をともにしていました。

この妾に陽明はひどい扱いをされていました。

それに耐えかねた陽明は、1人の占い師を利用しました。

この時代では梟が「不吉な鳥」とされていたため、まずフクロウを妾の寝床に忍び込ませます。

それに気づいた妾が大慌てしているところで、陽明は「占い師を知っているから、すぐに呼んできましょう」と助言します。

この占い師は陽明に買収されているので、陽明の亡き母が乗り移った演技をして、妾に「私の子供に対しての仕打ちを許さぬ、あなたの命を奪う」と脅しました。

この時代は迷信を信じる時代だった為に、妾はひどく怯え、それからは陽明に優しく接したそうです。


陽明が21歳の時の話です。

この時代は朱子学が全盛を極めていた時代で陽明も朱子学を極めようとしていました。

そこで陽明は朱子学の教えである「格物致知」を実践しようとするのです。

まず陽明は「この世のあらゆる物が理を内に秘めるなら、竹からでも理を突き止められるはずだとします。

こうして彼は「竹の理」を極める修業を友人と共に実行します。

永遠に竹を見続ける陽明と友人。

しかし何も起きない、感じない、わからない。

そうして3日目には友人が倒れ、陽明も奮闘しましたが7日目に倒れてしまします。

こうして陽明は自分の実力の無さに苦しみ、悩んだ結果として「朱子学が説く「竹の理」など存在しないのではないか」と朱子学に対して疑問を持ち始めました。


陽明が28歳の時の話です。

この時代の中国には「科挙」と呼ばれる全国統一の文官任用制度がありました。

科挙制度は1912年まで続いています。

この試験は儒教の文献暗記テストとされ、膨大な量を記憶する能力が求められました。

陽明は28歳で合格しますが、二度の受験に失敗しています。

28歳で合格した事がすでに優秀ですが、陽明は兵学を学び、武芸に勤しんでいた時期あるため、他の受験者たちの差が伺えます。

儒教 朱子学と陽明学

陽明学は儒教から別れて成長したために孔子、孟子の教えを継承しています。

儒教の教えは「」で、これは「人の心の思いやり」、情の事を指します。

そして「人と思いやりを持ってつながることで、人として生きている」と言えるとし、その「つながり」の正しい方法を理解する事が、儒教の目的です。

この孔子の教えを、世に広めたのが、弟子である孟子と荀子です。

「性善説」の孟子と「性悪説」の荀子

孔子の二大流派である孟子と荀子ですが、孟子は理想主義であり、荀子は現実主義・客観主義でした。

孟子は「人は誰でも、四つの心が生まれつき備わっている」として「四端」を真実であると明確にしたのです。

四端

  • 他人への思いやり「惻隠の心」
  • 悪への憎しみ「羞悪の心」
  • 他者への思いやり「辞譲の心」
  • 善悪を区別する心「是非の心」

人は誰もが「四端」を窮めれば、四つの徳である「仁・義・礼・智」の徳に到達する事ができる、つまり「この四つの徳を心に宿すことで、元もと素晴らしい人間は人間として生きていけるのだ」というのが孟子の教えです。(性善説

この反対の「性悪説」を唱えたのが荀子です。

朱子学と陽明学

「朱子学」は朱子が確立した学問で、儒教の主流として中国で受け継がれてきました。

そして「陽明学は朱子学の誤りを指摘する形」(否定しているわけではない)で発展し、何よりも「主観の燃焼」と「実践の重視」を求めました。

朱子学と陽明学違いを知るためには、四書の「大学」にある「格物致知」という言葉の解釈から始める必要があります。

朱子学は「性即理」を唱え、「知を致(きわ)むるは物に格(いた)るに在り」、事々物々あらゆるものに「理」があると認め、その理を窮めることが「格物致知」に他ならない、「真なる知を持つことは、事物の真実・真相に到達すること」と主張しました。

これに対して陽明学は「心即理」を唱え、「知を致むるは物を格(ただ)すに在り」、我が心の「良知」こそが「理」であるとして、次のように主張しました。

「格物致知」とは、「我が心の良知を事々物々に致せば、事々物々みな理を得る」

わかりやすく言えば「自己の心を正すことで真理にたどり着ける」という事です。

つまり人間の内なる「良知」に絶対の権威を認め、「致知」とは万物の理を窮めることではなく、それぞれの持っている「良知」を十分に発揮させることだと主張しています。

朱子学が著しく主知主義に傾斜しているのに対し、陽明学は何よりもそれぞれの主体性を重視します。

儒学の目標は「修己治人」で、つまり世間一般で言う良い人間になるために自分を鍛えていく点にあります。

特に指導的立場にある人間には、この「修己」が望まれます。

この点においては朱子学にしても陽明学にしても相違は少ないですが、その方法論が大きく違っている点には注意が必要です。

学問・修行の方法について 

朱子学は「居敬窮理」 を主張しました。

「居敬」とは、心を集中専一の状態に保つことで、 「窮理」とは、「理」を窮めることに他なりません。

つまり「居敬」によって人間としての道徳性を高め、「窮理」によって幅広い知識を身につける、この二つを人間形成の基本に据えたのが朱子学です。

これに対して陽明学の方法論は、自らの内なる「良知」を発想することが「修己」の目標となります。

そのための方法として

  1. 「省察克治」
  2. 「事上錬磨」(事上磨錬)

の二つを重視します。

「省察克治」とは 人は誰でも「良知」という素晴らしい心を持っていますが、様々な人欲によってその働きを妨げられていると言います。

この人欲を一つひとつ点検して取り除いていくという努力のことを「省察克治」 と呼びます。

「事上錬磨」とは毎日の仕事(生活)の中で自分を鍛えることで、 これが「修己」 にとって大切であるとしています。

実践の中で忘れてはいけないのが、有名な「知行合一」 の主張です。

「真知ハ即チ行ヲナス所以ナリ。行ナワズンバ、コレヲ知ト謂ウ二足ラズ」

と語っていますが、真の知とは、 行動への きっかけを含んでいる、行動が伴わなかったら、これを知と呼ぶことはできないと言うことを意味しています。

陽明学ほど行動や実践に対するやみがたい志向を持っている思想はないかもしれません。

さらに行動への志向は、「修己」のレベルにとどまらず、社会的実践へと向かう。これも陽明学の特徴の一つです。

最後に陽明学が革命思想と言われる由縁を述べたいと思います。

陽明学は現在の状態に関係なく、己の良心に顧みて、自己の判断において現実を直ちに処理していく、変えていくのだと考えます。

この考え方は現状で満足している既得権益者にとっては都合が悪く、革命思想だ、危険だと排除しようとされ続けてきました。

しかしその血脈は途切れることなく現代の私たちにも受け継がれているのは事実です。

まとめ

陽明学のような学問は捉え方や、解説方法によって差が出てしまいます。

今回解説した陽明学の柱になる「格物致知」などは、少し難しく感じたかも知れません。

それでも考えることに意味があります。

今の時代にこそ必要な陽明学を、自分を成長させるために活用していきましょう。

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